合わせ鏡の鏡像達

 

 合わせ鏡をすると中から悪魔がやってくるというので、気まぐれにやってみた。大きな姿見を二枚向かい合うようにして置き、午前零時を待った。

「やあ、呼んだかな」

 ふいに声がした。それは間違いなく私の声だったが、私は一言も声を発していなかった。それにその声はひとりのものでなく大勢の声が重なったようであった。鏡を見ると無数の私の姿をした鏡像がこちらに向かって手を振っていた。

「お前は悪魔か」

 鏡像達は声を合わせて言った。

「いえいえ、私はあなたです。そしてあなたは私です」

「私は悪魔を呼ぶ方法を実行したのだから、お前達は私の姿をした悪魔だろう」

 鏡像達は声を合わせてけらけらと笑った。

「では、こうは考えられませんか。あなたが私達を呼んだのではなく、あなたを私達が呼んだのだ、と」

「そんなはずはない。私が本物だ」

 どっ、と笑い声が溢れた。

「どこにそんな証拠がありますか」

 ぐるぐると鏡像達の声が反響する。

「悪魔はお前だ」

 私は悪魔か、鏡像か本物か、呼んだのは私で私ではなく他の誰かで他の誰かは私で私は———

 ぷつり。

 どこかで声がする。鏡の中からだ。

 私の姿をした何かがこちらを覗き込んでいる。

 私は言った。

「やあ、呼んだかな」



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